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倒れた瞬間 倒れる直前の勤務(生活) 倒れたその瞬間
倒れたその舜間

1)あれ?・・・・・
海外出張から帰って1週間後だった。
同じ課の新しい仲間と会社の帰りに会社の近くの飲み屋に行った。ボトルを預けてある店が休みだったので向かいの店に入ってビールを注文し、同僚が家族に電話している時に私はトイレに立った。
トイレを済ませた後かトイレの中で何か変なものを感じた。「あれ?」何だろう?

右側の腕と脚が何となく力が抜けたような感じであったが、しかし自分でトイレから自分の席に戻れたのだ。だから何もなかったと思ってほっとしたのだ。
そのころはたばこを1日1箱の割合で吸い、酒の席ではペースが早くなる方だった。だからこの後もたばこは休まず吸い続けたと思う。

この時にすぐに病院に行っていれば今日のように重度障害にならないと思うし、会社も退社する様にはならなかったろうと思うが、やはり若さゆえこんなことぐらいでなんだ、と言う気が先になっていたと思う。

2)もう完全に血管が破裂・・・
こうしているうちに段々と右側の腕に力が入らなくなり、腰にも力が入らなくなって、たばこも右手からポロポロ落ちたと同僚は言う。自分では酒によるぎっくり腰の症状と思い込み、そしてとうとう自分一人では歩けなくなっていた。同僚も異常を感じて私の家まで車で送ってくれた。

わが家に到着したころは意識はもうろうとなり、妻にはこのまま眠らしてと頼んだと言う。そして「腰が抜けた」とか「ぎっくり腰になった」と言ったと言う。

数時間後にトイレに目を覚ましたらしいが、起き上がる事も出来ず妻が急いでふろ場から桶を持って来て、それに済ましたそうだ。妻もただならぬ状態と察してタクシーを呼んだとの事だが私はまったく記憶にない。しかし、なぜかこの時に「ごめんなさい」と妻に詫びたのだけは覚えている。
その前後の記憶は無い。どうしてタクシーに乗ったのか(載せられたのか)、病院ではどのように処置してくれたのか。
後で妻が話してくれた。


3)タクシーで病院へ
夜11時近くになって長男が私をおんぶしてタクシーまで運び、私が血圧の薬をもらっている病院に駆け込んだとの事。その病院は一応救急指定病院であるがちょうどその日はレントゲン技師が非番だったらしい。

到着しても直ぐには見てもらえず、妻は何度も「早くして」と訴えたとのことだった。
やがてレントゲン写真をみて脳出血とわかり、隣の市の脳外科専門の病院に救急車で搬送されたそうだ。途中の道路の凸凹で点滴の容器が大きく揺れ、ひっしに押さえてたそうだ。妻が初めて救急車に乗ったのはもちろんこれが初めてだそうだ。



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